感動作品    >W  「2007」        >T    >U    >V    >X    hp^top
BRUCKNER
Symphonie Nr.5
Sergiu Celibidache/
Munchner Philharmoniker
ALTUS/ALT138/9

CLASSIC
90分、聴き続けられる人にのみ与えられる、音楽の、そして演奏というものの凄さ! 実はこの日の演奏は録音しないでほしい、とチェリは言われたそうだが・・・・・・・・・・・。
「空間に放たれた音は、二度と捕まえることはできない」とはJAZZSAX奏者ドルフィーの言葉だが、チェリはこの日一体何を思っておられたのか。元々録音嫌いの氏。それでも私はこの演奏が内密に録音され、こうして聴くことができることに感謝!「彼は特別なのだ、私は彼の言う通りにする」とチェリに言わしめたミケランジェリと同様、もう新録を、そして深化を聴くことはできないのだから。
 レコ芸、2007・3月号の読者投稿箱に、実際にこのコンサートの行われたサントリーホールの椅子に座って居られた、吉田氏が次のように書かれている。(勝手に転載することお許し下さい)
 「チェリビダッケが観客に軽くお辞儀をし、ゆっくりと体の向きを変えた。オーケストラを見渡した後、視線を落とす。5秒、10秒、演奏はまだ始まらない。息苦しくなるような沈黙がサントリーホールを包み込んだ。何時しか私の意識の中から他の観客は消え去り、チェリビダッケの後姿から放出される圧倒的な「氣」に私は金縛りにあったように知らないうちに拳を握り締めていた・・・・・・・・(抜粋)第Wコーダがサントリーホールに消えていった。猛烈に拍手する者もいたし盛大なブラヴォーを叫ぶ者もいた。だが私はある意味打ちのめされてしまって、暫くは拍手することも忘れていた。おそらく同じ思いをされた方も多いのではないだろうか。しかし暫くして私は席から立ち上がり最大限の拍手を送っていた・・・・・・・・・・・・(抜粋)
 その後今日までいくつものコンサートを経験してきたが、いまだにあの日の演奏が始まる前の恐ろしくなるような圧倒的な静寂、雄弁なる沈黙は他のどんなコンサートでも経験したことはない」

 誤解を恐れずに言えば、発せられた音ではなく、沈黙、静寂、そして休止、チェリビダッケ故にテンポも遅い。しかし確実に継続して流れている何か!
 オーディオに於いて、沈黙の気配、これが一番難しい。趣味である真空管アンプの製作に於いても同様で、押し出し感の強い音を出すアンプは簡単に作れる。しかし気配を再生させることは並大抵ではない。現在市場にある90%以上の厚化粧のアンプでは、ソフトに刻まれたpppの静寂さえ再生することは難しい。せいぜいpのレベルである。良い?アンプは一聴何気ない音がするが、奏者の感情が込められた一音が、静寂の中からスーッと立ち上がる。
この点でも余韻や倍音など、レベルの低い信号に弱いデジタルは全く駄目である。
ただこのCDはライブ録音故に、ぎりぎりのポイントで聴かせる。
   
                              ・
CLASSIC
静穏で味わい深い豊かな音楽世界。
前奏曲集の録音は遠山邸で行われ、ピアノは「べヒシュタイン」。
子供の領分はウィーンのスタジオで「べーゼンドルファー」どちらも無指向性マイク2本のワンポイント録音?。
個人的には「べヒシュタイン」の音色に惹かれる。
「怒り」のページ冒頭の井阪氏と高島氏の録音。
これでもう一歩先!に進まれてアナログマスターであれば、一音一音に籠められた女史の感情が微妙な音色の変化でもっと聴けた筈。演奏内容と共に超名盤に成り得たと思えば残念。 2007/5/20発売
C.・ドビュッシー:前奏曲集 第2巻/子供の領分・カメラータ・CMCD-28135 
CLASSIC
オール・ショパン・リサイタル、プラト1967  アルトゥーロ・べネデッティー・ミケランジェリ(ピアノ)   DIAPASON・DRCD79
ミケランジェリーの演奏はレコードの時代から海賊盤まで購入してきた。例えひどく音質に問題があろうと彼の演奏が聴ければ私には何の問題もない。
通販アマゾンの「ベートーベン、P協、3番、5番」のカップリングに対して、「ポリーニもブレンデルもバレンボイムも全く児戯にすぎない、とさえ言わしめた絶対的境地がこの演奏の上に存在したのだ。やはり天才は恐ろしい」と、ある人がコメントされている。(現在独グラからベスト100として¥1000) このHPトップのショパンも同様に、彼の演奏を聴くと、残念ながら同じ曲を他のピアニストでは聴けなくなる。
このCDは彼が40歳代の演奏。過去は勿論今後彼のようなピアニストは二度と現れないのではないか・・・・・・・・・・。
ただただ感動するしかない!
但し、音質は良くない。前記2点の様な音質の良好なソフトで、ミケランジェリのタッチ、間、一曲の起承転結等を充分に聴き込んでおられる方でないとお勧めできない。
JAZZ
Birdwatcher/Michel Portal              FmArcy 984556−3
とても70歳を過ぎた人の音楽とは思えない。
クラシック奏者としても一流のテクニックを持ち、そしてこの若さ?溌剌とした音楽はどうだろう。
彼のアドリブには、昨今のサックス奏者のアルペジオの練習の様な安易なフレーズでの誤魔化しがない!(参加メンバーの中にはそういう人もいるが)ジャケット写真が最近のものなら、今尚チャレンジを続ける、これ程格好良いミュージシャンもおられないのではないか。
決して丸くならず、かといって尖っている訳でも、深刻ぶっている訳でもない。音楽を奏でることが、ただただ楽しいといった風情で、普通のジャズとはタイトルからして少々趣の異なる演奏?若い!!
ノット・アローン・・・・・・・・・ケイコ・ボルジェンソン(P、Vo)       LABEL: T-RECORDS
                                              XQDN-1001
結局、その人がどんな風に生きているか・・・・・・。
声高に叫ばぬ徒然なるままのフレーズ。
クラシックの譜面に書かれた一音の表現もすごいが、ジャズのアドリブによる、さりげない語り口の表現もそれに勝るとも劣らない味があると、あらためて感じ入る。
ちょっと過激?なジャケット写真からは想像できないシンプルでありながら、ちょっと癖になりそうな演奏。
CLASSIC
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ、ライブ・イン・東京・1973年 TOKYO FM C0021/22
 記憶に間違いなければ、この来日時の名古屋のコンサートのチケットが予約でき準備をしていた。(結局名古屋のコンサートはキャンセルになったが)
ただ想いは複雑で、それまで、そして現在に至るまで、あらゆる奏者の中で、チェリと共に彼等こそ真に感動できる音楽を奏でる人!と思っていたから、もし裏切られたら・・・という不安がほんの少しだがあった。しかし、このCDを聴いて愚かな自分を恥じた。
ライブ録音でアナログマスターからのCD化。彼の研ぎ澄まされた響きが、まるでこの部屋にあるピアノを弾いている様に眼前に聴こえる。確かにあの日、円熟の極みにあったであろう演奏する姿を見れなかったのは残念だが、やはり彼の場合は映像は必要ないと改めて感じる。

それにしても、2トラ38のアナログマスターでのこの多彩な音色は、昨今のデジタル録音のCDからは決して聴くことのできないピアノの音だ。
デジタルマスターの音は市販のCDより遥かに良い音がしている、とエンジニアーは言うが、例えそうだったとしても、とりあえず両マスターからのCDから聴けるピアノの音色の違いは一体どういうことなのか説明できるのだろうか。
根本的なピアノの音色の違い。そして少し大袈裟に言えば、デジタルマスターからのCDが12色なら、アナログマスターからのそれは24色に私には聴こえるのだが。
ただ、モニタールームのアンプ、或いは私用のアンプがNFBのたっぷり掛かったアンプであれば、せいぜい聴こえるのは16色?ぐらいだから、聴き取ることなど最初から無理!とも言える。そういうアンプでミケを聴いても、その奥深い音色は残念ながら聴き取れない。
JAZZ
Carsten Dahl / Arild Andersen / Patrice Heral
「The Sign」
STUNT/STUCD−02032
2002年発売のCD。
こんな昔のものを、と言われるかもしれないが、初めて聴き、驚きの一枚故にこのページに。
最近スタンダード曲を演奏した彼の過去のCDが何枚か復刻されているが、正直言って極普通で面白くない。そんな中でこのCDと同じレーベルから過去発売された、同メンバーによる「Moon Water」が気に入っていた。しかしこのCDはそれを遥かに越えている。創造性豊か、非常にタイトで完璧なトライアングル!ゆったりとした曲ばかりだが、3人の呼応がどの瞬間にも素晴らしい。
これぐらい感性を刺激させられるソフトがせめて毎月2、3枚発売されれば、JAZZが好きです!と声を大にして言えるのだが。
CDの紙製カバー
CD内の表カバー


CLASSIC

アストュリアーナ/キム・カシュカシャン    ECM  UCCE−2064

まだLPの時代だった頃、同ECMより発売された「ELEGIES」以来
彼女のアルバムは多数聴いてきた。今回もピアノはROBERT LEVIN。
「歌うように弾く」という宣伝文句。好きな曲を、結局楽器の音はその人の声ということが納得できる一枚。