845ppp(パラレル・プッシュ)の初期ミスについて。 2009・6・20
この件については、恥ずかしさのあまり伏せていましたが、当初聴きにこられた方が最近来られ、前回との音の違いに、一体どういうことだったのか?と聞かれますので恥を覚悟で告白します。
参考も何も、片CH12本のEL34を使用していますが、両CH共それぞれ4本だけはSGとPに200ΩのRを接続して3結動作としていましたが、残り8本は欠品でした。なんとも恥ずかしい限りです。
近日本体を正常に設置(裏返す)して写真を掲載するつもりです。
上記の様なミスはもう無いと思います?何しろ重量級で一人では裏返すこともできませんのでちょっと心配もありますが・・・・・・・・。
「 2010・7・14」
どうやらこれ以上のミスはないようです。
この時点で再度6550・パラレルPPとの比較を行いました。
尚回路構成と出力トランスは同じです。
まずプリフラットAMP、メイン初段からドライバー段までの真空管の違いです。
1:プリフラットは6550が5687。845はECC99。
2:初段は6550がECC82。845はECC99。
3:位相反転以降は6550が5687。845はEL34。
私の持論は他のページにも書きましたが、真空管の違いはソフトの違いに比べれば微々たるもの、というものですので、これを証明しなければなりません。
カップリングコンデンサー等、厳密に言えば多々違いはありますが、今回のチェックで一番影響のありそうなものがありました。VRです。
SPの能率が高いので、10時ぐらいの位置でガンガン鳴ります。
直熱管の方が高域の抜けが良いという説は本当かどうかを確かめる為にも、とりあえず交換に取り掛かりました。
6550は東京光音の2P65CS・2連でしたが、845は4連を使って定インピーダンス使用としていました(型番失念)。
これが一番影響あるとの思いから、6550も定インピーダンス仕様としました。
結果として、6550のUL接続と3結仕様との違いは確かにありますが、上記の如く出力管も含めての真空管の違いは持論通り、ソフトの違いによる差に比べれば微々たるものであり、回路設計に余裕があれば845だから音が良い、などという短絡的な評価は無意味ではないかと改めて感じた次第です。
今回の結果でもう一点。
845でECC99という球を使ったのは6550からの反省?です。
5687はピン接続が違う為、ECC99と同じピン接続のECC82等との差し替えもできず、ちょっと試しに、といったこともできませんし保守用の確保も増えます。今回の結果からしても敢えて5687を使う必要はなかった、という結果になり反省しきりです。
それにしてもこの2台のアンプの微々たる音の違いを云々される方でクラシック音楽を聴く際に、デジタルの音の音色を問題視されないのが不思議でならない。オーディオ的快感と音楽の深みとは全く別物なのだが。
私がもしデジタル世代で、例えばデジタル録音のドビッシーの前奏曲集第二巻をミケランジェリ他で聴いたとしよう。
勿論聴き込めばフレージングや間の取り方が他を大きく引き離していることは容易に分かるが、アナログまで遡って、第一巻を聴いたかどうかは少し疑問だ。
ミケの本当のすごさはアナログマスターにしか記録されていない。アナログが24色のクレヨンならデジタルはせいぜい12色でほとんど強弱が主。曲の魅力も理解できなかったかも知れない。デジタル世代の若者ではレベルの高い楽器の製作や調律師は無理か?という言葉は、ピアノメーカーで後輩の指導にあたっておられる定年間近い職人さんの言葉。或る医学博士の、ここ30余年の間に人間の感性は半減したという説も非常に意味深だ。
もしかすると昨今のピアニストの中にも多彩なタッチで奏する方がおられるかもしれないが、デジタルでの記録しかないから想像の域を出ないのは非常に残念。もっと深い感動があるかもしれないのに進歩?した技術が録りこぼしているとすればもったいないことだと思う。
例えばミケランジェリのピアノ、ジュリーニの指揮、ウイーンフィルのライブ盤で、ベートーベンP協5番。
第一楽章がちょっと分離悪いように感じるが、第二楽章からは修正されている?。
この第二楽章からの弦、ピアノ、フルートや木管の音色、響き、質感を、昨今の私が聴いた範囲でだが、デジタル録音の好録音と評されるディスクでも聴いたことがない。ライブ録音は多少救われるが。
SACDやBDはアナログでは入っていない音がある、などという方もおられるが、それはそこまで聴いておられないだけのこと。
慣れというものは恐ろしいものだと思う。聴覚の劣化としか言いようがないのだが、アナログの時代に、CR型のEQ、良質の無帰還、或いは低帰還のアンプで聴かれたことが一度でもあるのだろうか。ppとffの差もぐっと大きく聴こえ、音楽の躍動感は増す。本当の奥行きはそういうシステムで初めて聴ける。
音楽とは煎じ詰めれば音の響きであり、響きのニュアンスによってのみ表されるものだと思う。故に精神性が深くなればなるほど、それはいっそう微妙なニュアンスを必要とする。
ラヴェルの「水の戯れ」など微妙なニュアンスが多彩であればあるほど曲の広がりや深みが増す。もしキラキラ輝く単調な響きだけだったら、人工的な音の羅列だけで、「戯れ」など表現できる筈がない。
演奏者は一音の音色と響きの極限を目指す。決してアイシャドウを塗ったパッチリ眼ではない。
しかし記録する側はSACDやBD、5,1Chで奥行きが増した、などと表面的なことに一喜一憂している。インスタントラーメンも美味しくなったでしょう、と言われては返す言葉もない。
追記
或るメーカーの方のメールを紹介する。この方のHPは優秀録音のソフトなども紹介されていて、売り切れになるショップもあるほど有名だそうである。先日新聞誌上でも彼のコメントと共に紹介されていた。
>まあ、CDはご不満なら捨ててください。20年前のメディアです。いいと
ころはありますが、分解能的にはアナログに勝てるものではありません。
>SACDやBDは、アナログとはいい勝負をすると思いますよ。アナログでは
性能的に収録できない音が入っていますからね。
ご精進ください。
この言葉からすればメーカーは確信犯だった訳だ!
ソフトを買い、少しでも良い音で鳴らし感動を得たいと自作アンプの回路を疑い、機器周りのあれこれを試してもみたが、結局24色の音色を聴く事はできていない。「ご精進ください」とのことだが、元々記録されていない音色を再現するには一体どのような方法があるのだろう?
別に彼の責任ではないが、CDを当初から強力に推進してきたソフトとハード両輪のメーカーの方のコメントとは・・・・・。
「デジタルだから音が良い」という宣伝文句はどの程度のレベルだったのか?
最近は「音像」から「自然な音場」へと言われてるらしい。
「楽器の質感」という肝心なことには触れず、例のごとく新しい技術が良い音であると言い、企業は商売の基本を忘れて、圧縮音源でOKという人が大多数であると顧客を馬鹿しつつ、小さな携帯PLで生き残りを賭けている。
最近の録音評価の高いソフトはピンピンカンカンでリミッターを効かせ過ぎなのか、ppの音がよく?聴こえる。いかにも解像度が高いように聴こえる。私に言わせれば奏者が下手に聴こえるのだが・・・・・・。
少なくともクラシック奏者の方達に対して技術はもっと敬意を払うべきと思う。
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